秋田県の藤里町でおきた小学校1年生の殺害事件は、いまだ解決されていない。
栃木県の事件も、未解決のままである。
広島で起きた事件も含めて、子どもたちが通学路で犠牲になる事件は、都会よりもむしろ人口の少ない地方で起きていることが不思議でならない。
藤里町などは、世界自然遺産にも指定されている白神山地の郷でもあり、まさに自然環境に恵まれており、また、人口も少ない事から地域に住む人々のコミュニケーションは、都会に比べてずっと保たれているのではないかと推測できる。
子どもたちの通学路の安全は、地域コミュニティの連携によって守られるとすれば、藤里町は、都会よりもずっと安全なはずである。
それなのに、どうして事件は起きたのだろうか。
いくら考えても、答えは浮かんでこない。
豪憲君は、集団下校で友達やその保護者と一緒に帰り、最後、家までのあと僅か100m程度の短い距離で、一人っきりになってしまったあと、事件に遭遇している。
犯人は、待ち伏せしていたとしか思えない。
犯人像がまったく分からない中、どんな理由があって豪憲君を殺害することに至ったのか想像すらできないが、子どもの通学路の安全は、生半可な地域コミュニティの連携ということでは解決できないということを見せ付けられたのである。
しかし、それでも子どもたちの安全は、親・地域そして学校が連携しなければ守れない。どうすればいいのか、重い課題である。